外海の出津集落

外海の出津集落

かつて外海一帯には5,000人近い信者がいたが、江戸幕府の禁教政策により、大村藩は厳しく取り締まった。しかし、外海は大村城下から遠く、また出津(しつ)や黒崎などは比較的寛容な佐賀藩の飛び地も混じり、多くの潜伏キリシタンが存在した。

1865年3月の信徒発見から半年後、プティジャン神父が船で密かに出津を訪れ、信者と面会した。当時は禁教下で迫害があったが、200戸がカトリックに復帰する。1879年にド・ロ神父が出津に赴任し、信者と力をあわせ1882年に出津教会を完成させる。強い海風に耐えられるように屋根を低くした木造平屋で、漆喰(しっくい)の白い外壁は山の緑に映え、清楚なたたずまいが美しい。外国人神父の設計による初期教会として、2011年に国の重要文化財に指定された。

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