この観光プランのおすすめポイント

原爆ドームは、広島平和記念公園のそばにあります。
大正4年(1915年)に広島県内の物産品の展示・販売をする施設として建てられましたが、第二次世界大戦中の昭和20年(1945年)8月6日に人類史上最初の原子爆弾が投下されました。
現在では、被爆当時の惨状を残す姿がノーモア・ヒロシマの象徴として、核兵器の廃絶と平和の大切さを世界へ訴えるシンボルになっています。
平成8年(1996年)12月、世界文化遺産に登録されました。
※原爆ドーム内部に立ち入ることはできません。

厳島(いつくしま)神社は、海を敷地とした大胆でユニークなつくりと平安時代の寝殿造りの粋を極めた建築美で知られる神社です。
12世紀、平清盛によって現在の姿に造営されました。
廻廊で結ばれた朱塗りの社殿は、潮が満ちてくるとあたかも海に浮かんでいるように見え、竜宮城を思わせる美しさです。
入口に干潮時・満潮時が掲示されていて、干潮時には大鳥居まで歩いて行けます。
海に浮かんでいるように見える大鳥居は、実は浅瀬に置いてあるだけだそうです。
静かな瀬戸内の海のおかげで、鳥居は流されも倒されもせず、ずっと立ち続けているのです。
厳島神社は、平成8(1996)年に世界遺産に登録されています。

錦帯橋は岩国駅からバスで約20分、新岩国駅からタクシーで10分のところにあります。
延宝元年(1673)第三代岩国藩主吉川広嘉により流れない橋として創建されたもので、現在の橋は四代目になります。
錦川の清流に架かる木造の五連のアーチ橋で、長さは193.3m、幅5m。
渡橋料を300円を払って渡ることができます。
四季折々に回りの自然ととけあった素晴らしい景観を見せてくれます。

山口市の瑠璃光寺(るりこうじ)は、大内氏が全盛の戦国時代に大内義弘の弟が建立しました。
瑠璃光寺の五重塔は、奈良の法隆寺、京都の醍醐寺の五重塔とともに日本三名塔に数えられ、檜皮葺き総檜造りの優美な姿は、室町時代中期における最も秀でた建造物と言われています。
山口市香山町7-1
tel 083(922)2409

長門湯本温泉は山口県内の温泉地の中でも最も古く、その歴史は室町時代に始まり、江戸時代には藩主も度々湯治に訪れていたという歴史ある温泉です。
泉質はアルカリ性単純温泉で、無色透明。アルカリ度はかなり高く、肌にやわらかな湯で、化粧水成分に近く「美肌の湯」ともよばれています。
※写真は大谷山荘の半露天風呂
大谷山荘
創業1881年(明治14年)の山口を代表する老舗旅館です。
2016年には、安倍首相(当時)がプーチン大統領をもてなす日露首脳会談の舞台となりました。
音信川を望む客室は、スタンダード和室(41㎡)、和洋室、洋室、さらには露天風呂付のお部屋など様々なタイプから選べます。
趣の異なる大浴場の湯舟は、合わせて11通り(時間帯で男湯・女湯を入れ替え)。
風が運ぶ木々の香り、せせらぎの音、そして小鳥たちのさえずりを五感で感じられる露天風呂は開放感抜群です。
夕食は、その土地で採れたものを、その土地の料理法で、その土地で食す「三土料理の哲学」を基本に料理人が腕をふるいます。
長門の旬の素材を用いた季節の会席料理や鉄板焼、長門市の名物料理「焼鳥」と旬の一品出し料理で構成したオリジナル「焼鳥会席」があります。
大谷山荘のホームページはこちら

北長門海岸国定公園の中心に位置する青海島は、周囲約40kmで、別名『海上アルプス』と称され、大自然が削り上げた洞門や断崖絶壁・石柱など数多くの奇岩・怪岩などの芸術作品が多く、まさにスケールの大きい自然美術館と言えます。
そんな青海島の景色を、陸上からは青海島自然研究路を散策しながら、海上からは青海島観光遊覧船に乗って楽しむことができます。
※長門観光なび「ななび」より引用

角島大橋(つのしまおおはし)は、世界最大級の旅行口コミサイトサイト「トリップアドバイザー」が選んだ「日本の橋ランキング」で1位に輝いた国内有数の景勝地です。
コバルトブルーの海に向かって真っすぐに伸びるはまるで海外のリゾート地のよう。
全長1780mにも及ぶ橋は平成12年11月に開通。
離島に架かる橋のうち、無料で渡れる一般道路としては、日本屈指の長さを誇ります。
※ながと観光なび「ななび」より引用

元乃隅神社(もとのすみじんじゃ)は、昭和30年に、地域の網元であった岡村斉(おかむらひとし)さんの枕元に白狐が現れ、「これまで漁をしてこられたのは誰のおかげか。」と過去からの関わりを詳細に述べた後、「吾をこの地に鎮祭せよ。」というお告げがあったことにより、建てられました。
商売繁盛、大漁、海上安全は元より、良縁、子宝、開運厄除、福徳円満、交通安全、学業成就、願望成就の大神です。
昭和62年から10年間かけて奉納された123基の鳥居が、龍宮の潮吹側から100m以上にわたって並ぶ景色は圧巻です。
神社敷地内にある高さ約6mの大鳥居の上部には賽銭箱が設置されており、見事、賽銭を投げ入れることができたら願い事が叶うと言われています。
※ながと観光なび「ななび」から引用

萩城城下町周辺には、萩焼を扱うお店がたくさん並んでおり、土産物店や古民家を改装したカフェなど、散策の途中に立ち寄りたいスポットがたくさんあります。
また、着物のレンタルができるカフェがありますので、着物を着て城下町のそぞろ歩きはいかがですか?
まるで江戸時代にタイムスリップしたかのような気分が味わえますよ!人力車での散策もおすすめです。
明倫学舎
全国屈指の規模を誇った萩藩校明倫館。
萩藩校明倫館は、享保3年(1718年)に5代藩主毛利吉元が毛利家家巨の子弟教育のために堀内に建てた藩校です。
約5万㎡もの敷地内に学舎や武芸修練場、練兵場などがあり、吉田松陰の功績などを、映像やパネル、レプリカで展示しています。
飲食スペースでは日本海で獲れる新鮮な萩のブランド魚などの旬の味覚を、萩の名店「割烹千代」がリーズナブルな価格で提供しています。
萩焼や夏みかんのお菓子などのお土産も勢ぞろい!
明倫学舎の詳しい情報はこちら
旧萩藩御船倉
旧萩藩御船倉は、藩主の御座船や軍船を格納した船倉で、浜崎重要伝統的建造物群保存地区にあります。
奥行き27メートル、間口8.8メートルの大きな船倉で、天保年間(1830~43)に作成された「八江萩名所図画」には4棟の船倉が描かれており、もっとも大きかったものが現存しています。
屋根を葺いた旧藩時代の船倉としては全国唯一の遺構で、国の史跡に指定されています。
旧萩藩御船倉の詳しい情報はこちら

松下村塾は、安政4年(1857)に28歳の吉田松陰が身分や階級にとらわれず、子弟を塾生として受け入れた私塾です。
わずか1年余りの間でしたが、久坂玄瑞、高杉晋作、伊藤博文、山県有朋、山田顕義、品川弥二郎など、明治維新の原動力となり、明治新政府に活躍した多くの逸材を育てました。
松陰神社の境内に、修復された当時の建物があり、外観を自由に見学できます。
松下村塾、吉田松陰幽囚ノ旧宅は「明治日本の産業革命遺産」として、平成27年7月に世界文化遺産に登録されました。
萩みかんたけなか
松陰神社の境内に夏蜜柑菓子のお店「たけなか」があります。
名物は「柑乃雫(かんのしずく)」。
自社農園で栽培した酸味の強い萩みかんの中身をくりぬき、海藻で固めてゼリーに。
再び夏みかんの皮の中に戻し、見た目は夏みかんそのもの!という贅沢なスイーツに仕上げています。
他にも特産の夏みかんを使ったジュースなどを販売しています。