この観光プランのおすすめポイント
鶴ヶ城は、大河ドラマ「八重の桜」でも描かれたように、戊辰戦争では約1ヶ月に及ぶ激しい攻防戦に耐えた名城として、その名を天下に知らしめました。
1384年、葦名直盛が小田木(現在の会津若松市小田垣)に館を築いたのが鶴ヶ城のはじまりと伝えられ、昭和59年には築城600年が祝われました。
平成23年には赤瓦へのふき替えが完了し、幕末当時の姿が再現されました。天守閣にも上ることができます。
土津(はにつ)神社は会津藩祖・保科正之公を祀り、延宝3年(1675)に創建された神社です。創建当初の神社は戊辰戦争で焼失しましたが、明治13年(1880)に現在の社殿が再建されました。
紅葉の見ごろは10月下旬から11月中旬頃。太鼓橋にかかる紅葉、落ち葉で赤く染まる階段など撮影スポットとしても人気で、紅葉シーズンには夜間ライトアップも行われます。
※ふくしまの旅より引用
裏磐梯五色沼は、磐梯山の噴火によってできた桧原湖の南東に広がる十数個の湖沼群の総称で、気軽に楽しめる探勝路が整備されています。
裏磐梯ビジターセンターから桧原湖畔へと向かう比較的平坦で歩きやすい探勝路で、途中エメラルドグリーン、赤茶、コバルトブルーなど季節や天候によってさまざまな色に変わる10あまりの沼をめぐります。
特に新緑、紅葉シーズンは美しい風景を楽しむことができます。
五色沼自然探勝路はゆっくり歩いて 約1時間(約3.7キロ)の道のりです。
自然探勝路を端から端まで散策する場合は、路線バスで「裏磐梯高原駅」と「五色沼入口」の間を移動するのがいいでしょう。
裏磐梯ビジターセンターの五色沼自然探勝路の紹介ページはこちら
(バスの時刻表も参照できます)
あだたら山ロープウェイに乗り、標高1,350mの山頂駅へ向かいます。
10分間の空中散歩では、眼下に見える街並みや安達太良連峰、吾妻小富士、蔵王連峰等を見ることができます。
また、山頂駅から5分ほど歩けば、薬師岳パノラマパークでダイナミックな安達太良山の紅葉の絶景が目の前に広がります。
猪苗代と福島を結ぶ磐梯吾妻スカイラインは、平均標高1,350m、全長29kmの山岳観光道路で、吾妻連峰を縫うように走る変化に富んだドライブが楽しめます。
作家の井上靖氏が選定した沿線の「吾妻八景」は、絶好のビューポイントが連続します。
10月の紅葉の時期は、山裾に広がる赤や黄色の紅葉がスケールの大きな絶景をつくりだします。
つばくろ谷
かつてイワツバメが飛び交ったことから名づけられた渓谷で、つばくろ谷を跨ぐ不動沢橋(橋の長さ 170m、橋の高さ 約84m)は開通当時は日本一の高所に架けられたコンクリート橋です。
橋の真下には錦絵のような紅葉が一面に広がり、圧巻の眺めが楽しめます。
天狗の庭
大きな岩が点在し、天狗が舞い遊んだという言い伝えにちなんだ景勝地で、斜面に美しい紅葉が広がる絶景地です。
通行可能期間 4月下旬~11月中旬
浄土平は、磐梯吾妻スカイラインの中間地点の標高1,600mに位置する高原で、一切経山の火山噴火でできた荒原と針葉樹林の原生林が広がります。
秋には山々がいっせいに紅葉し、赤や黄色のコントラストを見せてくれます。
紅葉の見ごろは9月下旬~10月中旬です。
ビジターセンター、休憩所、自然探勝路が設置・整備されていますので、手軽に手つかずの自然を楽しむことができます。
散策コースはいくつかありますが、時間があれば桶沼から鳥子平湿原に向かうコースや、美しい水をたたえる鎌沼をぐるっと一周するコースがおすすめです。紅葉がきれいな桶沼までは、ビジターセンターから片道20分です。
通称「山寺」と呼ばれる宝珠山立石寺(りっしゃくじ)は、約1,100年前、比叡山・天台宗の高僧「慈覚大師」によって開山された霊場です。
大仏殿のある奥の院までは、石段を1,015段上らなければならず、山寺の頂上に到着するまでに約30~40分ほどかかります。
それでも、切り立った崖に建つ「五大堂」から眼下に広がるのどかな景色を眺めると、苦労も忘れるほど爽快な気分になります。
蔵王温泉は強酸性の硫黄泉。硫黄泉は、血行促進効果に加え、表皮の殺菌作用や皮膚を強くする作用があり「美肌」も促進します。
お肌・血管の若返りと殺菌・美肌効果がある蔵王の湯は、まさに「美人づくりの湯」といえるでしょう。
毎分約5,700Lという豊富な湯量を誇る蔵王温泉の温泉街には、3つの共同浴場、3つの足湯、5つの日帰り温泉施設があり、宿泊客だけでなく、日帰りでもお湯を楽しむことができます。
白濁したお湯や、全国でも珍しい足下から湧き出るお風呂など、それぞれに特色のあるお風呂を堪能する、贅沢な湯めぐりを楽しみましょう!
松島のシンボル「五大堂」
松島のシンボル・五大堂は、807年に坂上田村麻呂が東征のときに建立した毘沙門堂が始まりと云われています。
慈覚大師円仁が延福寺を開いて五大明王を安置したところ、坂上田村麻呂が祀った毘沙門天が光を発して沖合いの小島に飛び去り、毘沙門島になったという伝説があります。
現在の建物は、 伊達政宗が慶長9年(1604)に創建したもので、桃山式建築手法の粋をつくして完工したものです。
五大堂からは、美しい松島湾を見渡すことができます。